「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」これは親鸞聖人の有名な言葉です。
「善人でも極楽浄土に往生するのに、悪人が往生できないことがあろうか」
この世に悪いことをしたことがない人はいません。たいていの人は大なり小なり悪いことをしているものです。悪いことをしたという自覚のない、自分を善人だと思っている人でも幸せになれる、自分を悪人だと自覚している人は当然幸せになれる、という意味だと理解しています。
私は高校の歴史の授業でこの言葉を習いました。
今から900年前の鎌倉時代は荒れた時代でした。公家の時代から武士の時代へ大きく変わっていたのです。イメージとしては「北斗の拳」の舞台のような弱肉強食の世界でしょう。力がなければ生きていけない時代でした。裏切ることも蹴落とすこともあったでしょう。そして自分は悪人であるという自覚がある人がここで言う「悪人」です。こういう時代に生まれた言葉でした。
武士の時代は終わり、今は資本主義の時代です。お金を持つものに力があります。確かに物価は上がり国力は落ちていますが、それでもスーパーには食べ物が並んでいるし、世界の中では恵まれた国だといえるでしょう。それでも生まれてから一度も悪いこと、人から憎まれるようなことをしたことのない人はいないのではないでしょうか。
もっと言えば、私は極楽も地獄も死後ではなくこの世にあると思います。
あなたは善人と友達になれますか。自分は悪いことをしたことがないと思っている人、自分は良い人間だと思っている人です。こういう人でも幸せになれるのです。あの時は悪いことをした、申し訳なかったと思っている人が幸せになれないわけがありましょうか。
自分に素直に生きるだけで、人を傷つけることもあります。何も悪いことをしていなくても傷つけられることもあります。私はそんな人に寄り添って生きていきたいと思っています。
善人なんて嘘くさい
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