【ゴールと終着地は意味が違う】20260909閲覧開始
【ゴールと終着地は意味が違う。】
【気づき】※最大の弱点は現状維持
ある程度の生活環境を手に入れると、「守っていく継続」ではなく「現状維持」を好んで、幸せの「形」を「増やす」ことをやめてしまう。
それは、ある意味『ゴール』であっても、『終着地』にもできてしまうことにあなたは気づいているだろうか?
この話は、幸せの「形」を手に入れて、「そこから先へ進むことなく」、何かに依存した毎日を過ごしているため、環境を育てる気力がない人の話になる。可哀想なのは、「苦労や理不尽を見てきて」、その苦労から居場所を作り、金が入るシステムを手に入れ、その成功から、自分の世界を楽しむ生活環境を手に入れたのに、「そこで満足している」から、「停滞を引き寄せた」というだけの話だが、やはり才能を結果に結び付けた実力を持っているだけ、自分が惰性していることに気づいている。
それは、「欲しい環境を手に入れる努力過程をやらない」で、「相手を選び」、「客のような立場」で、他人を蔑むように見ているため、活動も中途半端になり、最後は挫折を選ぶが、「何もしてない」自分に、「情けなさと、リミット時間」に不安でいる。
だから「先が見えない」のではなく、自分で、「見えなくしている」だけのことだが、あなたの驕りと怠慢が「閉鎖的」にしているとわかっていて、見えてないわけではない。
人は社会生活が順調で、安定した生活環境を手に入れると、「向き合うべき今ある時間」を後回しにして、見ないようにする。
それは助言やアドバイスを聞いているふりをして、無計画にイヤイヤ動いて、寄り添うことなく、良さを探すことなく「批評」してから、「私は向いてない」と話すが、本当は向き合わなかったことに傷つき、「過程を作らず、結果のみ」で動いたことに、不安だけを育てている自分の「リミット」が迫り、「時間の非情さ」に怯えているだけで、本気で向き合わない自分の問題ともわかっている。
こんな話をすると、※幸せ探しを卒業してない人や、※結果のみを求める人、※幻想や他人で幸せがあると思い込む人は、この話を厳しいと思うだろうが、そもそも努力や苦労を重ねて、幸せの「形」を手に入れた人は、「やる、やらない」の考え方を持っている。
だから、今の生活環境に満足して、停滞を作っているだけの自分に対して、この話が厳しいなんて思っていない。
考えるべきは、幸せの「形」を増やしていく行動をやるか、やらないかだけで、あなたの時間は、自身の判断で決まる。
時間は非情だ。また進むだけで、「老い」も与える。
あなたは「どうする?どうしたい?」
「今向き合う時間の苦労」は、体験したから、今の生活があるんじゃないか?
偉くも、凄い人も関係なく、「手に入れたい」なら、「やるだけやる」を「徹底的」にやらないと、今の不安は、惨めな過去の後悔になるんじゃないのか?
考えるのは「あなた自身」が『幸せの「形」を育てる』かを向き合う話だよ
☆
この話の主役にあたる相談者は、生まれた環境から生活環境を作る定めにあった人で、
何もない環境から、自分の世界を作ったまでは順調なんだけど、酒に依存して、「その先」にある幸せの「形」を増やすことを止めて、不安を主張しているんよね
【幸せの形】