【昭和の40歳と令和になった40歳は、社会情勢も環境も違う】
【昭和の40歳と令和になった40歳は、社会情勢も環境も違う】
【気づき】※勘違いの折り返しは低迷への引き寄せ
40歳は人生の折り返しではない。
それは平均寿命が伸びて、社会制度も変わり、豊かな時代とは違う時代に生きていることを理解しているだろうか?
平均寿命が60歳だった頃は、40歳は人生の折り返しだった。
だが今は平均寿命が80歳に伸び、好景気の時とは違い、「待っていれば、真面目にやっていればどうにかなる」なんてことはなく、国も企業も「個々で何とかしてくれ」と匙を投げたような形にして「責任」から逃避したから、ハラスメントやコンプライアンス、プライバシーなんて言葉で「個々の責任」に変えてしまったからだ。
だから、自分で可能性や才能を活かして形にする「残された時間が40歳の始まり」になるため、それを「折り返し」などと勘違いしていると、
※お金や貯蓄に悩み、
※仕事に苦しみ、
それら「展望が望めない事実」を50歳になってから気づいて、慌てる人が多くなった。
そもそも40歳が人生の折り返しと言われた時代は、「55歳定年制」があった時代の話で、年金も当時の初任給と変わらないほど手厚かった時代で、老後の生き方に「働くという概念がなかった」が、50年以上の月日が流れ、今は50歳からの社会生活が、生活環境や老後を「自分で、少しでも豊かにする状態」にしないと、70歳過ぎても働かなければ「生きていけなくなる」社会環境になった。
だから40歳は、可能性や目的を「形」にしていく「始まりの時間」なんだと知っておくべきじゃないか?
気づくべきは、今は便利な世の中になっても、高度経済成長の時のように、建築も産業も栄えておらず、便利であっても「豊かではない」ということだ。
だからこそ、30代までの社会生活に「先見、知恵、創意工夫、実行と結果に結び付ける活動」をやっていないと、40歳からの10年間を老後に繋げていく時間には出来ない。
これが、無気力で神任せ、他人任せにして、助言やアドバイスを無視した相談者の、霊能者の現場での話だ。
時間があると勘違いしている人は、20代、30代の時間を遊び、セックス、依存、執着に時間を使い、社会生活を繁栄させる時間を作らないため、「備える・準備」という考えを持っていない。
生活環境を豊かにすることは、「安定の継続」だ。
安定の継続があるということは、幸せの「形」を手に入れたということになる。
それを持っているなら、幸せの「形」を増やしていけばいいだけになるから、50歳からの社会生活は、「50歳だから成し得る充実した生活」を続けられると、現場からの話として伝えておく。
今は、学歴社会が生み出した「落ちこぼれ」は存在しない時代だ。
なぜなら、日本を不景気に追いやった学歴社会の末路が、社会と人間の歪みと本性を晒してしまったからだ。
だから、自分の社会生活も、生活環境も、他人に期待するのではなく「自分自身で」豊かにしていかないと、無計画に後悔する50代を迎えると書いておく。
最悪を想定した危機回避は、今すぐ始めよう。
☆
好景気の時は、貧乏でも働けば、一日の生活を守れたけど、
今は、金持ちを優先的に守って、貧乏は勝手にやりなさいって環境だから、それこそ10代から
金を作るシステムを探さないといけない「備える時代」なんだよね
【全体文章、2026年9月22日、閲覧開始】