【幸せ探しを卒業しても、ゴールが幸せの「形」を手に入れるまでなら、同じ後悔をする】20260907開始
【幸せ探しを卒業しても、ゴールが幸せの「形」を手に入れるまでなら、同じ後悔をする】
【気づき】※幸せの「形」はゴールではなく継続事案
相談を「どうするかは」、相談した本人が決めればいい。
だから、「やりたくない」なら、やらないで構わない。
他人任せや運任せにしたい人は、「努力過程を持たない」ため、時間を無駄に使ってから後悔をする。
それは他人には関係のない話で、あなたが、幸せになろうがならなかろうが、成功しても、しなくても、他人には利益になることはないから興味がない。
それでも神任せの人や、努力過程を持とうとしない人は、霊能者に指針として、具体的に望みが叶う可能性の話をされても、「努力過程を嫌がり」、言い訳を話しながら「努力したくない」と話してくるが、霊能者は、最悪を避ける話と、可能性の話をするだけなので、そこから先は「相談者自身が決める」ことだから、「やりたくない」と話せば、「わかりました」となるだけだ。
考えてみてくれ。
そもそも他人が、あなたの生活を守るなんてあるはずがない。
もちろん、1割の金持ちや包容力に優れていて、生活を守る、養う環境を持っているなら望みは叶うだろうが、一般的ではない。
出会いや事柄を「都合よく見ている人」には、この話はスルーの対象でしかない。
だから「やりたくない」と話せば、「わかりました」となるのは、第三者として常識の範囲内の対応になる。
だが、この話で気づくべきことは、「最悪を避けるチャンスがあった」のに”やらなかった”、これをやれば「可能性を手に入れる」のに”やらなかった”が、一番悔やまれる後悔となり、時間の非情さを知るということだ。
いつの時代も、人は助言やアドバイスを疎かにして、後から悔やんでいると話しているが、根本から反省はしていない。
その理由は、情報がなく、反省しなくても年を重ねていくだけだったから、気づくことも、知ることもなく、老いていくことが出来たが、情報社会では、答えを探す環境にあるため、自分のさじ加減で、社会生活、生活環境の在り方が変わるとだけは知っておこう。
そもそも情報社会では、他人が責任を背負うことはない。
幸せの「形」を持つことができたら、あなた自身が「どう育てる」かにある。
だから、「やりたくない」と話すなら、他人は「わかった」というだけだから、報告しなくてもいい。
この話で、失敗や後悔があるとするなら、幸せ探しを卒業しても、幸せの「形」を「手に入れて満足している」なら、幸せの「形」を手に入れてからの「伸びしろがない」というだけだから、幸せ探しの段階の人と同じ後悔をするとだけは知っておこう。
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世の中には、幸せ探しが全てだと勘違いして、年を重ねる人が多くいるけど、幸せ探しを卒業して、幸せの「形」を手に入れた人は、「形を育てていく」のが、幸せの「形」を手に入れた人の「特権」なんだけどね
【幸せ、時間の特性】