時間は非情
【情報社会での絶対信者は、”事故”責任への後悔はしないこと】
世の中には、私の助言やアドバイスが絶対と言い切る人、凄い能力があり、運命を変えることができる人がいるようだが、私は、対人関係での事象に絶対はないと経験から断言できる。
もちろん私は凄い人でもなく、鑑定結果が絶対大丈夫であったとしても、中々伝えることはない。
理由は2つ。
1つ目は、相談者の悪い部分、野心や駆け引き、安心した瞬間に、自分都合の解釈で「好奇心のような破壊」を始めることがある。
相談者の8割はこれで失敗するため、「絶対大丈夫」より、対応プランをいくつか伝えている。
2つ目は、相手の人間性に、気まぐれ、いい加減、神経質な一面を持っている人は、必ず「どんでん返しがある」ため、鑑定結果での対応策が2つ〜3つは必要になるから、絶対はないと話している。
そもそも絶対大丈夫、保証された未来なんてあるわけがない。
それは、人間の未来は「どうにでも変えられる」からが理由になるが、一番の恐怖は、「壊した、失敗してからの這い上がり」は「簡単ではない」ことを知らないといけない。
情報社会でのやり直しは10年以上かかる。
理解できるなら、野心や本性は隠しておいておこう。
☆
私は正しい人でも、正しくなかったときの責任を取ってくれたらいいけど、
責任なんて持たないからね。
それを当てにしている人ほど、「先生どうしよう、助けて」ってくるけど、
私は対応策を「細かく伝えている」から、私は後悔してない。