Dr.白川景雲先生のつぶやき

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チャネリング 波動修正 四柱推命
245円/分
(15)インドア派だった彼女が60歳をすぎてフルマラソンを走るようになった。また占いを信じていなかった彼女が占い師にアドバイスを求め、占いのセミナーを企画・主催するようになった。人生ってわからないものです。12月8日午前5時、彼女はホノルルマラソンのスタートラインに立ちます。

2019年12月06日

(15)数年の時を要しましたが、相談を受けていた彼女の抱えているやっかいな問題が奇跡的に解決した出来事がありました。それにより占いへの関心は一段と深まり、私が講師を務める占いのセミナーを受講されるようになりました。今では彼女自身が私の占い講座を企画しています。つづく

2019年12月05日

(14)プライベートについて言った内容は書けませんが、何か感じるものがあったのか、正式な鑑定をしてから半年の間に彼女の紹介で100名を超える方を鑑定することになりました。以後、経営のこと、家族のことなど多岐にわたる相談をうけるようになり今年で10年のお付き合いになります。つづく

2019年12月04日

(13)ところが鑑定を正式に依頼をした理由は違っていました。心に刺さったのは彼女のプライベートに関する私の一言だったそうなのです。残念ながらそれは覚えていませんでした。「ビジネスについての診断も図星だったけれどプライベートについての一言がなければ依頼はしなかったでしょう」つづく

2019年11月28日

(12)「占いを信じていなかった私が鑑定をお願いしたのは手相をみて指摘された事に驚いたからです」7年前に挨拶代わりに10分ほど手相をみた時に言ったことの一つは覚えていました。一つとはビジネスについて。彼女のビジネスのスタイル・現状についてコメントし彼女は深く頷いたのでした。つづく

2019年11月27日

(11)60歳を過ぎてインドア派からマラソンランナーに変身した彼女を初めて鑑定してから7年がたった頃に「友達のカフェで10分くらい手相をみてもらった後になぜ正式な鑑定を依頼したかおわかりになりますか?」と唐突に尋ねられました。「実は私、占いを全く信じていなかったんです」つづく

2019年11月26日

(10)スポーツとは全く無縁だった女性が60歳を期にマラソンランナーになるなんて人生って本当にわからないものです。未来は、今歩いている道の延長線上にあるわけではありません。ひとつの出会い、ちょっとしたきっかけで新たな世界が広がり大きく変化するのが人生だからです。つづく

2019年11月24日

(9)ワイキキから送られてきた高橋尚子さんとのツーショットの彼女はとびっきりの笑顔。帰国後すぐにお会いしたときの第一声が「私がフルマラソンを走るなんて人生ってわからないものですね」だったのです。公園でマラソンランナーと偶然に出会った。その出会いが彼女の人生を変えたのです。つづく

2019年11月23日

(8)初めてのフルマラソンを完走してハワイから戻った彼女の第一声は「死ぬかと思いました」でした。それでも走ることの喜びに目覚めた彼女は経営の合間を縫ってトレーニングを重ね、翌年のホノルルマラソンでは、4時間30分代で完走し年代別のトップ3に入ったのです。つづく

2019年11月21日

(7)走るようになったきっかけはひとつの出会い、ジョギングをしている公園で出会った方からランニングをすすめられたのです。その後、各地で開かれる市民マラソンの3キロや5キロの部門にエントリーするようになった彼女が初のフルマラソンに挑戦したのがホノルルマラソンだったのです。つづく

2019年11月20日

(6)最初はジョギング。足腰の筋力低下をふせぐためということでした。「毎朝、近くの公園でジョギングしているんですよ」と聞いてから数か月後、彼女のオフィスを訪れると「ジョギングは卒業して本格的に走ることにしました」と買ったばかりのランニングシューズを見せてくれました。つづく 

2019年11月19日

(5)マクロビは陰陽五行と関連があることからカフェ主催のセミナーの講師を担当していたのですが、彼女は知的好奇心が旺盛で毎回参加されました。日頃から読書家で勉強熱心、また芸術を愛し海外に行くと必ず美術館巡りをする方なのです。スポーツとは全く縁がなかった彼女がランナーに転身、つづく 

2019年11月18日

(4)経営者とは思えないほどに物静かな彼女は「実は占いをみてもらうのは生まれて初めてなんです」とのこと。「占いの印象を決定づけるので責任重大ですね」といって鑑定してから10年。その間、仕事の事、住まいの事、3人のお子さんの結婚、お孫さんの命名など密なおつきあいになりました。つづく

2019年11月15日

(3)カフェのオーナーの知人である彼女は50代半ばの有能な経営者でした。その日は挨拶代わりに10分ほど手相をみながら談笑しただけで別れました。彼女も私も次のスケジュールがあり時間に余裕がなかったからです。その彼女から正式な鑑定の依頼が入ったのは一週間後のことでした。~つづく~

2019年11月14日

(2)彼女と初めて会ったのはマクロビオティックのカフェ。オープン前から相談を受けていたそのカフェには家から近いこともありよく顔を出していました。ある日、店のオーナーが「もうすぐ占いの先生が来るよと言ったら会ってみたいって待ってたんですよ」と彼女を紹介したのでした。~つづく~

2019年11月13日

「私がフルマラソンを走るなんて人生ってわからないものですね」と言ったのは60代半ばの女性。今年は福岡マラソン、北海道マラソンを完走し、12月には3年連続でホノルルマラソンに参加されます。しかし初めて鑑定した10年前はスポーツとはおよそ無縁のインドア派の方だったのです。~つづく~

2019年11月12日

(12)その後、日本に帰国するたびに会うことになり、20歳だった彼女も今では40代の素敵な大人の女性になりました。初めて鑑定した時、どこか自信なさげですべてに消極的だった姿は遠い遠い過去のこと。彼女本来の性質が開花してからは少々の困難にもめげずに突破します。人は変わるものです。

2019年11月11日

(11)12年前の彼女の手相は鮮明に覚えていました。みると明らかに変化しています。特に生命線。彼女の手のひらで生命線が力強く存在を主張しているのです。生命線は意志力をあらわします。ニューヨーク生活でたくましくなった彼女の精神力が生命線にくっきりと投影されているのでした。つづく

2019年11月10日

(10)彼女のニューヨーク話が一段落ついたところで手相を見せてもらいました。12年前の彼女らしくなかった手相がどのように変化しているのかを知りたかったからです。目に見えない運の状態は手相や人相、家相などの相に現れます。人相の変化は再開した瞬間にわかりました。はたして手相は?つづく

2019年11月07日

(9)ニューヨークでの様子を話す姿は躍動的で12年前の彼女とは別人でした。どこか自信なさげて口数も少なくすべてにおいて消極的だった彼女の痕跡はまったくありません。環境が変わり多くの経験を通して固く閉ざされていた殻が破れ彼女本来の性質が芽を出し成長し花を咲かせたようです。つづく

2019年11月06日